2015年08月15日

アニメ『がっこうぐらし!』第6話をホメる!

どうも、黒道です。
昨日の記事はそれなりの反響があったようで嬉しく思います。本当はもっとじっくり時間をかけて記事を書ければよかったんですが、もう少しお待ちください。
というわけで、この記事もバタバタ更新してしまうことにします。

アニメ『がっこうぐらし!』
第6話『ようこそ』




2015年、海法紀光、千葉サドル原作のアニメーションです。アニメーション制作Lerche。

前回助けられたみーくんが、学園生活部に入部するまでを描く話ですね。
第6話、1クールの折り返し地点。つまるところひとつの節目であります。節目に相応しい、なんとも凄まじい回でありました。駆け足気味ではありますが、その内容を見て行きましょう。

学園生活部メンバーに助けられ、学校へやって来たみーくん。
ところが、すぐにおかしなことに気付きます。先輩であるゆきの挙動が、明らかに普通ではないのです。
『奴ら』にやられて崩壊した校舎で、妙に楽しそうにしている。まるで事件などなかったかのように生活している。『めぐねえ』なる人物の名を度々口にし、あたかもすぐ側に彼女がいるかのように振る舞っている。
戸惑うみーくんに、くるみとりーさんは説明します。学園生活部とは何なのか。めぐねえとは何者なのか。そして……ゆきが今どういう状況に置かれているのか。
現実に目を向け、やるべきことだけをやった方がいい。そう主張するみーくん。不穏な空気になる一同に向けて、ゆきは提案をします。「体育祭をやろう!」と……。



というわけで、今回はみーくん三部作(?)の完結編とも言える内容、それに加えて第6話という節目。なかなか……その、相応しい、キッツイ内容でしたね……。
まさか今回のサブタイトル『ようこそ』が「みーくん学園生活部へようこそ!」「視聴者の皆さん本当の世界へようこそ!」のダブルミーニングであったとは。いや、明かされた真実自体は前々から予測されていたような内容が多かったんですけど、その、非常に性格悪い答え合わせ方法でしたね!
だって、ただ「めぐねえは死んだんだよ、ゆきが見ているのは幻想の世界で、学園生活部はそれに合わせているんだよ」言いたいだけなら、本編でりーさんが語った内容だけで十分じゃないですか。それをわざわざ! エンディングテーマをまるっと使って! 「あ、このシーンのめぐねえも存在しないんすよ! ここも、ここもっすよ! いなかったんすよ! どうっすか? どうっすか?」とでも言いたげな!
私が「酷過ぎる!」と思ったのは、「卒業アルバム」用にゆきが描いた絵ですよやっぱり。「だいすき」と書かれた、めぐねえとゆきのツーショット。そこからもめぐねえが消えちゃうんですよ?
だって、どんなに妄想の世界に囚われていたとしても、ゆきがめぐねえ大好きな気持ちはホンモノじゃないですか。描いた絵だってホンモノじゃないですか。めぐねえが実際はもう死んでたって、絵の中でゆきとツーショットしてるめぐねえは、みんなの心の中で生き続けてるじゃないですか。それすら消すんですよ!? ゆきを嘲笑い、その心の世界を全否定するかのようなこのやり口! ここからスタッフの邪悪さを読み取るなという方が無理がありますよ! そしてもう、次回予告まで執拗に執拗に! なにが「ね、めぐねえ!」ですか! カァーッ!
ハァ……いえ、失礼いたしました……ついつい……。

いや、まあ、めぐねえの死についてようやくハッキリ明言されて、分かったことも色々ありましたね。
少なくとも、少し状況が落ち着くまでは、めぐねえが実際に生きていたこと。
「学園生活部」の設立は、別に100%ゆきのためってわけじゃなくて、生前のめぐねえも絡んで決めたことだったということ。
ゆきが本格的に妄想世界へ閉じこもってしまったのは、どうやらめぐねえ死後らしいこと。
そして、めぐねえが命を散らせた理由は、ゾンビの襲撃から生徒を守るためだったということ。
(あ、そういえば地味に「幻想めぐねえにはご飯が提供されてなかった」ってことも分かりましたね、EDで。お供え物してるほど余裕ありませんよね確かにね……)
時系列に関してもある程度ハッキリしましたね。第6話めぐねえ、後ろ髪が無いように見えますし(ホントかな? ハッキリ描写されてないから断言はできませんね)、第3話冒頭のめぐねえ→第6話回想めぐねえ→第3話ラストのめぐねえとすれば辻褄が合うでしょう。即ち、「めぐねえは状況が一旦落ち着いて来た頃に後ろ髪を切り、リボンは恐らく生徒達に託した。同時に、遺書を書き始めた。第6話で死亡した後、ゾンビ化。その後なぜかどことも知れぬ場所に移動し、生前の遺書を書く行動を繰り返している」と考えて良さそうです。
うーん、しかしまあ、「落ち着いてきた」頃にあれだけの襲撃を受けるって、どういう状況だったんでしょうね? 場所もどこなんでしょう? ここは具体的な描写を待つしかなさそうですね。
どう考えてもあのゾンビ達にドアノブひねって鉄のドア開ける知能は無さそうなんで、あのドアを閉ざして生徒達だけ逃がしたのは、多分あの時点で噛まれちゃったからでしょう。どうせ助からないんだし、自分がゾンビになって生徒達を襲うくらいなら、生徒達を逃がして孤独に死ぬことを選んだ。と、考えて良さそうです。
ゾンビに囲まれてひとりぼっちで死ぬなんて死に方としては絶対本意ではなかったはずですが、教師・慈としての使命を全うしたって感じですね……ただ、ゾンビになって未だ存在しているらしいことだけが不穏ですが。
そして、第4話でゆきが職員室へ行くシーン、職員室での具体的やりとりが無かった理由がますます気になります。一応第4話時点ではまだネタバラシしてないという体なので、現実世界を描写するわけにはいかなかったっていうのは分かりますよ。でも、幻想世界からのアプローチは可能だったはずですよね。尺の都合? だとしたら、職員室へ向かうゆきのあの不穏な感じは何だったんでしょう。やっぱり職員室には何かあるんじゃないかと、私の疑いはますます深まってしまいました。

さてと。めぐねえの話や考察の話ばっかりしましたから、それ以外の部分に関するホメを。
私イチオシのシーンはやはり、みーくんとりーさんが一触即発になるあの一連のシーンです。伝わってきませんでしたか。学園生活部メンバーの中で一番精神的に危ういのは、実はりーさんであろうということが。
確かにゆきは妄想の世界に囚われた狂人であります。しかしこの学園生活部自体、ゆきに合わせながら生活することによって精神の安定を保っている、いわば狂気という脆い土台の上に立つことで正気を保っている集団なわけです。その中でも一番ゆきの妄想に依存しているのが、どうやらりーさんなわけです。
第3話でも分かる通り、りーさんって別に全然みんなの頼れるお姉さんじゃないんですよ本質が。ゾンビの登場で最も精神的ショックを受けていたのはゆきです。これは間違いない。でもその陰に隠れて、りーさんもかなり平静を失ってるんですよね。
彼女、ゾンビが襲って来た時何したか覚えてます? 先生であるめぐねえに対して「早く何とかしてくれ」という態度を取ってたんですよ。やっぱりこういう緊急時は素が出るモンだと思います。彼女、普段は「自分はお姉さんでいなきゃ」と大人ぶっているんですが、心の内では誰か頼れる人がいなきゃやってられないんでしょうね。「ゆきの妄想に付き合い、支え続けている自分」を保っていないと、本当は今すぐにでも平静を失ってホラー映画のうるさいパニック女になりかねないのが、りーさんなわけです。
私は原作未読勢なのでアレなんですが、原作のりーさんは、みーくんに「妄想を肯定したらゆきはいつまで経っても治らない」と指摘され、「あなたねぇ」とキレるそうですね。うーむ、怖い。ゆきが妄想の世界に閉じこもろうと必死なの以上に、りーさんが妄想の世界を守ろうと必死なのが伝わります。そこが崩れれば、自分も危ういだろうと分かっているから。
アニメでは、その描写はありませんでした。これもまた、前から申し上げている「配慮」だろうと思います。「登場人物をホラー映画特有のパニックキャラに仕立て上げてしまえば簡単だけど、それはしない」という。アニメスタッフにとって、あくまでこれは「非日常世界で日常生活を送っている学園生活部の物語」なのでしょう。それを見せるために、ギスギスしたり発狂したりパニックになって悲鳴上げたりといった「いかにもホラーした」要素を可能な限り削り、ホラーと日常のバランスがとれるようにしている。後半に楽しい体育祭のシーンを挟んだのも、前半でシリアスに傾き過ぎた空気を押し戻すはたらきを持たせたかったからだと考えられます(あと、EDで一気に落とすため)。
でも……ハッキリ言葉には出しませんでしたけど、ちゃんと伝わりましたよね? りーさんのの危うさ。みーくんがあとたった髪の毛一本でもりーさんを刺激していたら、そこからとんでもない闇が吹き出して爆発していたであろうと思わせるあの空気。

昨日「ニンジャスレイヤー フロムアニメイシヨン」の記事でもちょっと話題にしたんですが、これこそまさに「原作とアニメのアプローチの違い」だと思うんですね。
原作たる漫画は、この作品をゾンビパニックの文脈で表現することにさほど抵抗がない。だから、登場人物間でギスギスしてもOK。でも、アニメスタッフはそう考えていない。この作品を、ゾンビパニック世界で生きる女の子たちの日常系という文脈で表現しようとしている。だから、原作の抱える巨大な闇を大事にしつつ、それでもなお学園生活部の日常をある程度素直に楽しめるようにしようとしている。
原作あってのアニメなんだから、原作に書いてあるものをただそのまま表現しようとするのもひとつのやり方でしょう。が、この『がっこうぐらし!』や『ニンジャスレイヤー フロムアニメイシヨン』のように、「原作へのリスペクトを表現する」「そこに自分達なりの新たな解釈を加える」『両方』やろうという試み。いいじゃないですか、冒険です。
「原作に自分なりの新たな解釈を加える」ことばかり考えてブッ潰れてるクソ映画も世の中には沢山ございます、それは否定しますまい。それを認めたうえでなお私は、このアニメはそうじゃないんじゃないかと思いたい。この「あなたねぇ」シーンだけ見ても、スタッフが「原作リスペクト」「新たな解釈」を両立させようとしているその姿勢が伝わってきます。原作を読めば、恐らくもっと気付くことがあるでしょう。アニメスタッフが、どれほどのバランスでもって、原作の味と自分達の味を両方出そうとしていたかということに。
やはり『がっこうぐらし!』、今後も楽しみに見ていきたいアニメのひとつですね。

ちなみにですが。皆さんの周りにもし精神的な疾患により妄想を見ている人がいたとして、今回のみーくんのように「とにかく否定すれば治る」と行動するのは正解とは言えませんのでお気を付け下さい。ただ否定するだけでは「自分がおかしいって? そんなはずない、おかしいとしたらそっちだ」と周囲に敵意を持ち、ますます頑なに妄想世界に閉じこもってしまう可能性もあります。
精神科医でもない学園生活部の面々に、ゆきを治療することは不可能ですし、あなたが専門家でないなら、余計なことはしない方がよろしいということは申し上げておきたいと思います。否定し過ぎずのめり込み過ぎず、上手い距離を見つけながら生活していくっていうあたりが現実的な落としどころでしょうか……なんともモヤッとした言い方で申し訳ありません。



さて。第6話、折り返し地点。ここまでは、災害の混乱の中、現在の学園生活部が完成するさまを描いてきました。では、残り6話は何が描かれるのでしょう? この世界の謎を解き明かすという方向性もアリでしょう。事実明かされていない謎は多いです。あるいは、狂気という脆い土台の上で咲いた日常が徐々に枯れていくサマを描写するのかもしれません。それもまた味わい深いでしょう。少なくとも、最後まで楽しい日常系だけじゃいられますまい。辛いですが。
ここで気になる来週のサブタイトルは……『おてがみ』
おお。ひょっとすると第7話以降は、「助かるための方策を具体的に考えて行こう」というムーブが見られるのかもしれませんね。風船にお手紙括り付けるんでしょうかやっぱり。しかし私が勝手に唱え続けている『サブタイトルはダブルミーニング説』を採用すると、逆に何らかのメッセージが学園生活部に届けられる可能性なんかも考えちゃいますね。
とにかく、来週を楽しみに待ちましょう。



それでは、次回のホメカツをお楽しみに!

ブログランキング参加してます。よろしければクリックお願いします。
にほんブログ村 アニメブログ アニメ感想へ

↓monacoinによる投げ銭メント行為はいつでも大歓迎です。
monacoin:MUfy2FARJdmkzP4KB69GYqbUqKhrgSDTSr
posted by 黒道蟲太郎 at 10:11| Comment(0) | アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。