2015年06月30日

映画『ボウリング・フォー・コロンバイン』をホメる!

どうも、黒道です。
以前からリクエストいただいていた作品を何本か借りてきましたので、今順番に見ているところです。
本当は現在劇場公開中の映画『マッドマックス 怒りのデスロード』の過去作を借りたかったのですが、案の定大人気で、一本たりとも残っておりませんでした。2以降ならあったんですが「一本目から通して見られないならもう過去作は見ずに劇場に行く!」と決めていた私はそれに見向きもせず、別の映画を何本か借りて参ったというわけです。
まあ、『マッドマックス』は今度ゆっくりホメカツするとして……。

映画『ボウリング・フォー・コロンバイン』



2002年、アメリカ。マイケル・ムーア監督によるドキュメンタリー映画です。

はい、当ブログとしては新境地です。ドキュメンタリー映画。
ご存知の方も多いでしょうが、マイケル・ムーア監督といえば、突撃取材とユーモアある風刺を芸風とするドキュメンタリー映画監督です。アメリカに住むひとりの白人として、アメリカの持つ様々な問題を描いた作品を制作しています。
私は数年前、同監督の『シッコ』という作品を見たことがあり、名前やその作風くらいは知っていました。今数年越しにホメカツという場でもう一度出会うことになったわけですね。
ぶっちゃけ、ドキュメンタリーはホメカツしていいもんなのかな? って思うんですけどね。フィクションを扱った時以上に私の知識のなさがバレそうだし、政治的な立場を表明してしまっていらんところで反感を買ったら嫌だし……とか余計なことを色々考えちゃうんですけど、ええ、その葛藤の結果は、この記事が存在することからも明らかです。ホメカツしちゃいます。
今回ムーア監督が描いているのはアメリカの『銃所持問題』。皆さんはこの映画を見て、どうお考えになるでしょうか……?


1999年4月20日。
この日、コロラド州ジェファーソン郡のコロンバイン高校で、ある恐ろしい事件が起こりました。それが、「コロンバイン高校銃乱射事件」。
このコロンバイン高校の生徒だったエリック・ハリスとディラン・クレボルト。彼らが突然学校で銃を乱射。生徒12人と教師1人を殺害し、自分たちも自殺したのです。

ムーア監督は、この事件をきっかけに、以前から抱いていた疑問についてのドキュメンタリーを作る決心をします。
即ち「どうしてアメリカにはこんなに銃があるんだろう?」

普通の大人なら、ある程度の手順を踏めば銃が買えるし、しかるべきお店(ホームセンター的な店、ショッピングモール、床屋ですら)に行けば銃弾も買いたいだけ買える。そして、「私たちは憲法で銃を持つ権利を認められている。自分で自分や家族を守らなければ」と、誰もがそれを当然視する。そればかりか、「銃を持っていないのは不安だし、無いと安心して眠れない」とまで。
そんなアメリカの銃による年間死亡者数は、一万人を超えています。

何かがおかしい。
ムーア監督は、お得意の「アポなし突撃取材」を用い、銃、そしてコロンバインの事件にまつわる様々な場所へインタビューを敢行します。いったいこの国はどうなってしまっているのか、監督自身もその全貌を予想できないまま。

銃や銃弾を売っているお店。銃を持つことを支持する市民たち。
アメリカ人よりたくさん銃を持ってるのに、アメリカより大幅に銃犯罪の少ないカナダの人々。
『六歳が六歳を銃で撃った』という驚愕の事件が起きた学校の先生。
コロンバインの事件の被害者。あるいは、加害者の家族。
コロンバイン高校の卒業生である、アニメ『サウスパーク』の制作者、マット・ストーン。
高校の近くに工場を構える、武器製造会社ロッキード社。
コロンバイン事件の少年らに影響を与えたと非難されたアーティスト、マリリン・マンソン。
他にもさまざま。

取材や歴史検証を繰り返すうちに、ムーア監督は、この件に関するひとつの仮説を立てていきます。

アメリカ人は、この土地に移住してきたその時から、ずーっと怯えてきた。自分たちを迫害するイギリス人に。移住先にいたネイティブアメリカンに。労働力として連れてきた黒人奴隷たちに。
「自分たちが迫害してきた存在は、今、白人に復讐をしたがっているんじゃないか」
その潜在的恐怖が子々孫々受け継がれ、今でも彼らは怯えているのでは?

その恐怖が意識的にしろ無意識的にしろ、それを煽っている存在がいる。それがメディア。
犯罪の件数は減っているのに、一件一件を派手に騒ぎ立て、見る者に恐怖や自衛の必要性を訴えるメディア。視聴者の恐怖心をもっとも煽ることができるのは、「黒人青年が暴力犯罪を起こした」というニュース。これと防犯に関する広告のコンボの威力は絶大だといいます。
同じ犯罪者逮捕の瞬間を放送するなら、とんでもない額のカネを動かしてる企業犯罪を追って、悪い上司を捕まえるシーンを放送すればいいのに。上司へのモヤモヤを抱えてるサラリーマンが喜んで見るよ。そう提案するムーア監督に、番組制作者は、それより今のやり方の方が簡単確実に視聴率を稼げると返します……。

決まった筋書きを持たないムーア監督の突撃取材旅は、思わぬ方向に転んでいきます。
コロンバインの事件で大きな被害を負った青年たちと共に、犯人が銃弾を買ったお店へ突撃。そしてそこで、こんな悲劇を起こす銃弾の取り扱いをやめてはくれないかと交渉しだしたのです。ムーア監督もその威力を認めるところの、メディアの力を借りながら。
……わあ、そんな大ごとにしちゃうんだ。行き当たりばったりでその案を出す発想力と行動力が凄まじい。やっぱり今までに築いてきた立場が違うんですかね。

そして、最終的にムーア氏が突撃するのは、この事件に関し彼が最も引っかかっている存在。
全米ライフル協会の会長だったハリウッドスター、「ベン・ハー」の故チャールトン・ヘストン氏(この映画が公開された翌年、2003年にアルツハイマー病を公表、代表辞任。2008年に亡くなっています)。
全米ライフル協会は、(前々からスケジューリングされていたとはいえ)コロンバインの事件の起きたわずか11日後に、同じコロラド州であるデンバーで集会を行った経緯があります。それは市民感情を逆なでし、遺族や反対する者たちに「恥を知れ」と言わしめました。それでもヘストン氏は集会の場に立ち、銃の必要性について強く主張しています。
ヘストン氏は、銃規制に反対する立場として、アメリカの現状をどう思っているのか。
そしてできれば、市民たちの前で謝ってみてはどうか。銃による悲惨な事件が起きたばかりの土地に全米ライフル協会として出向き、市民らを怒らせたことについて……。

加害者の聴いてたマリリン・マンソンがコロンバイン事件の原因だっていうなら、加害者が事件の数時間前までやってたボウリングは、どうして事件の原因だって言われないんだ?
何もない田舎の学校でいじめられ、鬱屈し、絶望した少年たち。彼らの手元に簡単に銃を届けてしまう、このアメリカ社会に問題はないのか? 有色人種の犯罪を使って白人の銃による武装を煽り、今日も市民にボウリングのピンを人に見立て射撃練習をさせている、このアメリカ社会には?
これは、そんな監督の主張が詰まったドキュメンタリー映画です。



……いやぁ、考えさせられるものがありますね。
いえ、私だって知ってますよ。考えさせられるなぁみたいなコト言う奴は大概「難しい主張だなぁ。でも僕にはよく分かんないなぁ」と思考停止しちゃってるだけで、数時間のうちに考えることやめてるって。これしか言葉が出てこなかった自分が恨めしいですが。

ムーア氏自身は銃が蔓延る現状に批判的な立場なの明白ですし、この内容全部を鵜呑みにしちゃうと監督のプロパガンダにやられちゃうかもしれないんでアレなんですが、やられちゃうかもしれんってことはまぁ、この映画の構成が非常に良いってことなんですよね。
やはり自分の意見を主張する際に、そこにきちんとユーモアを挟んでいくのが、非常にうまいやり方だと思います。ここはやっぱりアメリカ的な主張の展開方法なんですかね。誰かが銃の必要性を訴え、その根拠を出すたびに、「え? そんなコト言うならこれはどうなの?」と、非常に皮肉とユーモアのこもった反論を展開していくのが面白い。
タイトルの「ボウリング・フォー・コロンバイン」ってのも、まさにその手法によってつけられたタイトルですしね。「加害者が聴いてたマリリン・マンソンは犯罪に影響を与えるのに、加害者がやってたボウリングは影響を与えないの? ボウリングの方が直前までやってたし、影響ありそうじゃない?」って。いやこれも詭弁っちゃ詭弁なんですが、面白い返しですよね。「分かりやすい悪のシンボルを叩いても何も変わらない、問題の本質から目を逸らすな!」という怒りを、ジョークにして出力しているわけです。同じ主張をするにも、こちらの方がはるかにクレバーなやり方です。

ムーア監督の面白いところはやはり、馬鹿に見せかけて鋭い指摘をしていくトコなのかなと思います。
馬鹿の振りをして近づき、馬鹿に見せかけつつ相手にきっちり反論して、自分の主張の方が正しいんじゃないかな、と迫っていく。
映像の作り方もそうですよね。僕は全然何も分かんないや、という顔をしながら、インタビュー相手が何かおかしいことを言ったりするたびに「えぇ? そうなの? 確かめてみなきゃいけないよね。じゃあこれはどうなの?」と、あたかも無知な人が無知ゆえに問うように反例を挙げていく。逆に自分の意見に近い発言が出てきたら「えぇ? なんだって? BじゃなくてAが正しいっていうのかい? これはどういうことなんだろう。もっと調べてみなきゃ」ってな具合に、自分の意見に持って行っちゃうんですよね。
インタビューにおいても「僕より賢い人はたくさんいるのに僕がインタビューしちゃうところが僕の映画の良くないところだね」なんて言ってますが、ホントにそう思うなら誰かその賢い人を呼んだらいいじゃないって話でして。つまり「僕馬鹿だからよく分かんないんだけど」って話し出せるポジションを敢えて保ってるんですよね。謙虚で愚直な馬鹿キャラを普段から作っておくことで、作品づくりに役立ててるんですよ。いや、こりゃ見事な計算ですね。賢いやり方だと思います。いやホメてますからねこれ。皮肉じゃないですよ。マジで。

インタビュー受ける側で印象に残っているのは、やはりマリリン・マンソン。事件を受けて不条理なパッシングを受け、ライブツアー時も地元住民の猛反対に遭い、中止に追い込まれています。
脚をガッツリ開いて机に乗せて、人と話す態度としては最悪なんですが、受け答えは極めて真摯です。反キリスト教やセックスやドラッグの曲を歌うロックスターとは思えないくらい。
そもそもマンソン氏が反キリスト教を歌うのも、単に反発するのがカッコイイからってんじゃなくて「神はいるかもしれんが、キリスト教徒が自分らの価値観を押し付けるために方便として使うような神は存在しない」というように、アメリカ人の価値観に疑問を呈した上での行動なんですよね。
話を聞いていくと、かなりアメリカ社会を冷静に分析してるんですよ。マスコミは恐怖と消費を人々に植えつけるために、俺という分かりやすい悪を叩いているんだとか。この事件によって銃規制と表現規制は次の大統領選の争点となるだろうとか。遠くの国を爆撃してることなんかはこの事件で忘れられたけど、マスコミはそれじゃ人々を怖がらせられないから別に触れないんだとか。アンチクライスト・スーパースターが政治について語ってますよ。こういうことに関して深く考えるから、アーティストやってられるのかもわかりませんね。

非常に印象的だったのが、コロンバインの犯人に言いたいことはあるか、と問われて「何も。だが、黙って彼らの話を聞く」と答えたこと。
別にマンソンが話を聞くから少年がたちまち更生して真面目に生きだすかっていったら全然そうじゃないんですよ。そういう、氏が即効性のある薬みたいに聞くって話じゃなくて、彼らにはとにかく『逃げ場がなかった』って話なんですよ。
これはコロンバイン高校を出た「サウスパーク」のマット・ストーン氏もインタビューで述べています。とにかく周りに逃げ場がない。いじめられてもストレスを発散できる場所がないし、学校からは「テストをパスしなければこの先の人生は負け組確定」と散々言われ、自己肯定感は下がるばかり。
実際社会に出てみれば、テストの点数が悪かろうが生きていける。テストが良かった奴とそうでない奴の人生が先生の言うのと真逆だったりもする。でもこの狭い社会に閉じ込められて苦しんでいる若者たちは、それを知る術がない。お前はダメだダメだと周りに言われて逃げることもできないわけですから、視野は狭くなり、ただ自分は屑だという感覚だけが残る。
そうやって絶望した彼らの前に、せめて話を聞いてやる大人がいれば。別にマンソン氏やストーン氏じゃなくてもいい。苦しみを吐露することは単純に救いになるし、対話すれば少しは視野も広がり、今がクソッタレだからってこれからもそうだとは限らないと気付けるかもしれない。何より、暴力以外の憎しみのはけ口が見つけられたかもしれない。
でも、現実に彼らの目の前にあったのは、銃。この世に絶望した若者の目の前に銃が一挺あったら。それを止める人が誰もなかったら。
苦しむ若者が、マンソン氏にとっての音楽や、ストーン氏にとってのお下劣カートゥーンに出会うよりも先に殺傷の道具に出会ってしまうこの環境に、何も問題がないと言えるのだろうか?
銃が全部悪いわけじゃないかもわかりませんが、銃犯罪の多さと併せて一考の価値がある問題だと思わされちゃいますね。



メインテーマは「この素晴らしき世界」のジョーイ・ラモーン版。彼自身はこの映画が公開される前年に亡くなっているみたいですね。アメリカの不条理を描きながら「ホワット・ア・ワンダフル・ワールド」って言うんですからね。非常に皮肉が効いており、何とも言えない味わいがあります。
ついついアメリカに寄せてなんでもやっちゃう日本人である我々も、一度この映画を見てみると、考えさせられることがあると思います(またこの言葉使っちゃった、馬鹿みたいって言ったばっかりなのに)。
今すぐこの国に銃社会が来るわけじゃないかもしれませんが、この銃問題について見ていくと、日本にもアメリカと同じ病理が蔓延りつつあることに気付けると思います。
我々がメディアに踊らされて消費させられていないと言えるでしょうか? 真剣に考えるべき社会の問題より、誰かが煽り立てる小さい問題を叩くことに躍起になっていないでしょうか? 視野が狭まり絶望に陥る若者を、自己責任という言葉の下に無視したり叩いたりして、闇を爆発させる下地を作ってはいないでしょうか?
笑ったり感心したりしてるうちにそんなことを考えさせ、自分の主張を伝えていくムーア氏の手腕に唸らされます。皆さんも是非どうぞ。



それでは、次回のホメカツをお楽しみに!

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posted by 黒道蟲太郎 at 05:18| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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