2015年06月22日

映画『オカルト』をホメる!

どうも、黒道です。
今日は久々に、白石監督の作品をホメていきたいと思います。

映画『オカルト』



2009年、白石晃士監督のモキュメンタリーホラーです。

白石監督の作品『コワすぎ!』シリーズのホメカツを一時期連続でやってたんですが、これはそれより前の作品です。前紹介した同監督の『カルト』よりも前の作品ですね。
本当はすでに『コワすぎ!』最終章見てるんでそっちのホメカツもしたいんですが、実のところ最終章には『コワすぎ!』シリーズ以外にもいくつか……なんというんでしょう、解放条件とでも言うんですかね? 前提として見た方がイイかもしれない作品がありまして。そのひとつがこの『オカルト』なんです。じゃあなんでお前先に最終章見たんだって話なんですが、ハイ、近所のレンタルDVD店に『オカルト』はないのに『最終章』はあって……我慢できなかったんです。

というわけで、早速この作品についてホメカツさせていただきたいと思います。
先に申し上げると、正直、ここまでで見た白石作品の中では一番好きかもわかりません。

2005年8月12日。観光地である妙ヶ崎にて、通り魔殺人事件が起こります。
吊り橋の上で、突然ひとりの男が女性を刺し殺します。続けてもうひとり。更に男性を捕まえてナイフでメッタ刺し。最後に、海に飛び込んで自殺。ふたりの死者とひとりの重傷者を出した通り魔・松木賢の遺体は、ついに見つからなかったそうです。

この事件について、記録せねばならない。
事件から三年後、ディレクターの白石(演じているのはもちろん白石監督本人)は、謎の使命感に駆られ、この件に関するドキュメンタリー映像作品を制作しはじめました。
取材の中で、様々な事実が明らかになっていきます。
事件の直前、被害者たちはいずれも不思議な導きによって妙ヶ崎を訪れていたこと。UFOめいたものが目撃されていること。死亡した二名の被害者が、死後周囲の人物の前に現れる怪現象が発生していること。そして、犯人である松木の体には、奇妙なアザがあったこと……。

白石らは、事件の唯一の生き残り、江野に取材を申し込むことに成功します。
他の被害者が首を裂かれ殺されている中、江野だけは体にナイフで傷をつけられ重傷を負わされていました。しかもその傷は、ちょうど松木のアザに酷似した模様を描いていたのです。明らかに何らかの意図をもって付けられた傷。
更に松木は、江野にこう告げていたといいます。

「次は君の番ね」

事件を境に、江野の周りでは『奇跡』が起こるようになっていました。モノが勝手に動く、見えるはずのない何かが見える、ありえない声が聞こえる、誰かの運命が見える……。
それらを記録するため、白石は、江野に密着取材することにしたのですが……。



……さて、この映画は、大体三つの軸から語ることができるのではないかと思います。
まずは、『江野軸』とでも呼ぶべき、江野祥平という男に迫る軸。
三十歳の江野は、定職に就かず、派遣のバイトで食ってる男です。しかも家がありません。事件当時は実家で暮らしていたようですが、今は自分の家を持たない、ネカフェ難民です。なんか妙にキツい設定です。
しかもこれが、見てれば見てるほど心がツラくなってくるんですよね……。
白石が映す江野の生活は、そのまま『ネカフェ難民の日常』って感じなんですよ。派遣会社側が若い人を欲しがるから、三十台になった途端仕事も激減。決してバリバリ有能な男じゃないから、若い派遣のリーダーからタメ口で怒鳴られる。ご飯を買うにもお金がないから100円ショップに行き、グラム単位で見て一番量のあるカップ焼きそばを購入する。ネカフェ代すら微妙に足りず、白石に金を借り。朝食にハンバーガーをおごられて大喜び……。
江野というキャラクターが掘り下げられていくのもこのパートです。
基本的に低姿勢でありながら、自分が少しでも得できるような案件が少しでもあれば図々しく攻めていく。他人との距離感がつかめず、周りをドン引きさせる。現在の暮らしや低い態度に対してプライドは高く、酒飲んで気持ちが緩むと説教など始めてスタッフをイラつかせ。
あー……。なんというか、どうやってネカフェ難民になっていったのか、想像がついてしまいそうです。

そんな江野ですが、身の回りで『奇跡』が起こるようになってから、その精神は大きく救われ始めました。うんこだと言い切っていたこの世界、この暮らしに、新たな光が差したのです。
彼には、人に見えないものが見え始めました。聞こえるはずのないものが聞こえ始めました。そればかりではありません。江野はあの事件を通して、松木から使命を受け継いだというのです。
松木はキチガイだから人殺しをしたのではない。神めいたものから使命を下され、それに従った。自殺したのも死のうとしたわけではない。神の言うことを聞いたおかげで、別の世界に旅立たせてもらっただけ。そして今、自分にもその使命が回ってきた。うんこみたいなこの世界から、神様のいる天の世界へ連れて行ってもらうための使命が……。
嗚呼、自分は神に選ばれたという感覚が、江野という男の小さな自尊心をどれだけ満たしたことでしょう。少ない給料をコツコツ貯めながら、江野は『使命』を果たす準備を続けていたのです……。ウオオ、胸が痛い。どこか生々しい描写が、江野というキャラクターをまるで実在の人物の如く克明に描き出していきます。



まあこの映画は派遣の現実を描くだけの映画じゃありません。白石監督作品の醍醐味のひとつ、『神話要素軸』がここに絡んできます。
調査を進めているうちに、白石らは江野や松木が体に持つマークの意味に近付いていきます。それによって見えてくるのは、この事件全体の背後に存在する、人智を超えた大きな存在。それだけではありません。なんと白石自身も、この恐るべき存在と関係を持ってしまっているようなのです。
まるでラヴクラフトの『インスマウスの影』みたいですね。たまたま怪異に触れてしまうだけではなく、自分自身がその怪異の中にいたと気付いてしまう……。
こういう展開はやはり恐ろしいものです。単純に怪異について調査しますよってだけなら、どこまで深く掘り下げようと謂わば「他人事」じゃないですか。江野や松木の行動とかオカルトめいた発言とか、そういったものも全部キチガイの戯言で済ますことができる。でも、それがある時一気に「自分事」になってしまうんです。いや、実は最初から自分事だったワケですから「当事者であるにもかかわらず、関係ないやと思って過ごしていた自分」に気付かされるといった方が正確か。
白石監督作品には、考えてみたらそういう「普通だと思ってた自分の特殊性に気付く」というパターンが多いのかもしれませんね。『カルト』でも、単に怖いトコに行くだけだったはずの主演女優のひとりが実は霊的能力が高い人物だったことが明らかになったり。『コワすぎ!』の工藤もそうですね、ただの暴力ディレクターだと思ってたのが、実はとんでもない出生の秘密を持っていたり。この話の類型に、白石監督は何か特別なモノを見出してるのかもしれません。
うーん……「実は君は伝説の勇者の末裔だったのだ」みたいなカッコイイ秘密のだったら嬉しいですけど、白石監督世界的な出生の秘密は持ちたくないなあ……。



さてさて。この二つの軸が絡んでいく中で、物語にもうひとつの軸が生まれます。
自分を密着取材してくる白石に、江野は一方的に友情を感じ、タメ口で語り合い『君』付けで呼び合う友達になろうとします。酔っぱらった勢いだし、人との距離感の詰め方おかしいし、まあ普通の人ならドン引くところです。もちろんそこは白石も仕事ですし、江野からたくさん情報得たいですので、友情を結んでいきます。
しかしちょっとしたキッカケで、打算の中にあったその友情が本物になっていくんですね。それは、江野の狂気にあてられたからなのか、江野の周りで起こる奇跡のせいなのか、自分の持つ怪異との縁に何か特別なものを感じてしまったからなのか……解釈は色々できると思います。ともかく、白石が江野を本当の友人だと思い始め、そして彼の『使命』を助けていく決心をするのです。
影響を受けたのは、白石だけではありません。江野もまた、白石から影響を受けました。お金をなるたけ多く貯め、いつか『使命』を果たそうと思っていた江野。しかし白石との出会いに運命を感じた彼は、「今」それを果たす決意をするのです。

ふたりの友情が本物になったその夜のうちに、ふたりは『使命』のための準備を始めます。この使命のパートこそが、『友情の軸』とでも呼ぶべき第三の軸です。
殺人鬼から受け継いだ使命ですから、当然とんでもないものだとお思いでしょう。事実、普通ならばとても見過ごせないような内容です。
ところがこの映画の恐ろしいところは、その準備がとても、とても穏やかに進んでいくところにあるんですね。江野も白石も、楽しそうなんですよホントに。大人には内緒の秘密基地を作って、その中でちょっとしたイタズラの計画を練ってるみたい。打算の一切ない、純粋なる少年同士の交流のよう、というたとえがいいかもしれません。
そして準備が終わったら、一晩中語り明かして、朝ご飯食べて、一緒に寝て。そんで起きたら昼ご飯も食べて映画見て軽食とって……。もう、デートかよッ! ってレベルです。これから恐ろしいことをしようとしている人間たちが、本当に安らかな顔で、楽しそうに……。
江野はね、この三十年で得られなかった、あるいは失ったであろうモノを、白石とのたった一日の友情で取り戻してるんですよ。同じ目的を持つ友人と、おいしいご飯を食べたり遊んだり語り合ったり……そんな当たり前のモノさえ手に入らず、貧困の中で喘いでいた江野。もっと早く別の形で、白石のような友人に出会えていれば……。そう思うと、半端な感動モノよりも切ない気持ちになります。



言ってしまえば、江野の人生なんてホラー映画見たい人からすればどーでもいいんですよね。いいから早く怖いシーン見せろやお前! って話で。そういう人には少々退屈かもしれません。
でも、やはりこの映画の後半をめいいっぱい楽しむには、江野の軸で進んでいく前半が不可欠なんですよね。あれらの描写が、江野という人間を極限までリアルにしている。単に「この世界はうんこや」って言わせるだけでもまあ話は進むといえば進むんですが、それよりはるかに見る者の心をつかみます。彼が謎の声に従い『使命』へ向かっていく理由が「痛い痛い! もうやめて!」と言いたくなるほど克明に描写されてるんです。
役者である宇野祥平さんの演技が非常にリアルなのもまた、この映画を良質なものにしていると思います。もうそこにいるのが『この映画に登場するキャラクター』ではないんです。『これまで三十年間生きてきた江野という人間』なんですよ。屈折し貧困に喘ぐこの男が、今もこの世界のどこかにいるのではないか。そう感じさせるに足る素晴らしい演技です。白石監督が宇野さんに映画に出てほしすぎたため、宇野祥平を一文字変えただけの『江野祥平』を作ったという逸話もあるそう。監督がそう思うのも納得ですね。
最早、ホラーという舞台の上に立って、江野という歪んだ敗北者が救済されていく様を描いた作品だと申し上げても差し支えないのではないでしょうか。



そう思っていただけに……おお、あの、恐るべきラストシーンが、とても大きなダメージを私に与えました。
「いや、だからこれホラーだってば、何勘違いしてんの」
感動すら覚え、完全にこれがホラー映画だと忘れていた私を、そう言ってドンと谷底に突き落とすような衝撃の結末。
是非、皆さんも自分の眼で確かめていただきたいと思います。

結局最初から最後まで、監督の手のひらの上で転がされ続けてしまいました。もう完全に監督のファンですね私。
そして宇野さんの出演作をもっと見てみたいと感じました。是非探してみようと思います。皆さんもオススメがあったら是非紹介してください。



それでは、次回のホメカツをお楽しみに!

ブログランキング参加してます。是非クリックをお願いします。
にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ

↓monacoinによる投げ銭メント行為はいつでも大歓迎です。
monacoin:MUfy2FARJdmkzP4KB69GYqbUqKhrgSDTSr
posted by 黒道蟲太郎 at 03:43| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。