健康状態が悪いわけではなく、治験というやつですね。新薬の実験台的なことをする有償ボランティアです。
入院中はヒマが沢山あるわけです。病院側もそのヒマを潰すため、様々なものを用意してくれています。その代表的なものが、漫画です。
沢山あるなぁ、適当に読んでみるかぁ。軽い気持ちで手に取ったとある漫画。
それが大変素晴らしい作品だったので、この場でホメさせていただきます。
漫画『ZERO』
1990-1991年、松本大洋。小学館、ビッグスピリッツ連載。全2巻。
不勉強なもので、松本先生について私はよく存じ上げないのですが、『ピンポン』や『鉄コン筋クリート』の作者さんなのだそうですね。有名なんでしょうか、だとしたら今更何を、といった感じですが、どうかご容赦ください。なるべく私の言葉で、ホメカツさせていただきたいと思います。
なお、今回は最後までのネタバレアリです。これから読みたい方は、ご注意ください。
プロボクサー、五島雅。人は彼を『ゼロ』と呼びます。
彼は天才でした。20歳でミドル級世界チャンピオンの座を手に入れて、なんと10年もそれを守り続けている。その間、一度も倒れない、一度も負けない。だから、ゼロ。
しかし、彼はあンまりにも強すぎました。ホントに誰と戦っても倒してしまうんです。ベルトを狙う、どんな挑戦者が現れようとも。最初の頃はお客さんも盛り上がってたでしょう。でも、段々飽きてくるんですね。どんなボクサーが彼に挑戦しても、今では「ハイハイ、どうせ五島の勝ちでしょ」ってな具合。無論、実際に試合が始まってみても、その予想は覆りません。勝つと思ったらやっぱり勝った。そりゃそうだ。そんな具合で、いくら試合を組んでもあーんまり盛り上がらない。ライバルなんて存在しません、彼が最強なんです。
でも、最強『過ぎる』。実際に彼と戦って、ボクサーを辞める者も多数。「俺がどんなに努力しても、あんな風にはなれない」って。才能の限界を感じてしまうんですね。次元が違いすぎて、憧れの人にはなれない。ただ、畏れの対象となるばかり。
しかもこの五島、人の都合を全く気にしない。
ボクシングも興行ですからね、プロモーターさんもお客さんが盛り上がらないと困っちゃうわけです。プロモーターからすれば、『ギリギリの勝負』を見せてほしい。手に汗握る攻防があれば、お客さんも「おっ、今回こそは!?」と盛り上がるじゃないですか。
でも、そうじゃないんです。五島はそんなことに配慮しない。できない。圧倒的な実力差で、相手を壊してしまう。
彼は孤独でした。
ある登場人物は言います。「生まれる時代が違えば、彼は人をいっぱい殺していた。ミスキャストだ」
戦うこと、ただそれだけしかできないんです。リングの上でしか息ができない。自己表現の場が他に無い。ボクシングを彼から取り上げたら、そこには本当に何も残らない。
そんな五島も30歳。
いつものように圧勝していると見せかけて、本人は実際衰えを感じていたりします。
そんな中、五島はあるボクサーの噂を耳にします。南米の若きボクサー、トラビス。なんでも、スパーリング中に相手を殺してしまったとか。凄まじいヤツです。
五島はトラビスに興味を抱きます。異常なまでに。五島は、トラビスに感じたのです。自分と同じ匂いを。
周りも、五島のいつもと違う雰囲気に気付き始めます。まさか五島は、トラビスにベルトを譲り、引退してしまうのでは?
当然プロモーターはそれに乗っかります。
『五島雅、最後の戦い』
そう銘打った、二人の対戦が組まれたのです……!
この作品は、五島雅の『強すぎるが故の孤独』を見事に描いています。
五島は幼い頃、虫を握りつぶしては、こんなことを言っていました。
「全部壊れてしまう。壊れないおもちゃが欲しい」
ところが、ただそれだけのことが、30歳になっても叶わないんです。
彼は「おもちゃが壊れないように」配慮することなんてできません。己の全てをぶつけて、なお壊れない者が。自分と同じレベルで戦える者が現れれば、それだけでいいのに。それが全然叶わない。
暴力以外のおもちゃを何も知らないのも、五島の寂しい所です。せめて、他に何かあれば、そこまで孤独を感じることは無かっただろうに。彼は本当に、ボクシング以外何も知らず育ってきたのです。
彼は、孤独でした。
そこに現れるトラビス。彼こそ『壊れないおもちゃ』。五島がどれだけ恋焦がれたか分かりません。
ところがそのトラビスは、五島と同じ素質を持ちながら、様々なしがらみに囚われています。
五島は天涯孤独の身。守るものなど何もありません。でもトラビスは違う。家族がいます。家族の生活を守らないといけない。だから、周りの偉い大人の言うコトは聞かないといけません。そうしないと興行が盛り上がらない。お金が入らない。家族を守れない。そういうわけで、その内なる狂気を、ぐぐーっと押し込めざるを得ないわけです。
そんなトラビスを、五島は少しずつ挑発していきます。
お前もこっちに来い、守るものなど何も無い、戦いの中でだけ輝ける、狂気の世界へ! と。
無論直接は言いません。しかしトラビスは、五島の態度から段々とそれを感じ取ります。守るべき者のため、なんとか人間の世界に踏みとどまろうとするトラビス……。
でも、彼もまた狂気の世界の住人なのです。
彼はその内なる才能を、試合の中で一気に爆発させます。狂気のファイター。五島に並び得る存在……。
五島は、今まで出せなかった本当の力を、真の狂気を解き放ちます。やっと、やっと、壊れないおもちゃが目の前に……。
いや、違うんです。彼が本当に欲しかったモノ。
友達です。
ただ、同じレベルで遊べる友達が欲しかった。でも、本当の本気を出す前に、みんな壊れてしまう。
30年間待ち望んだ、壊れない遊び相手。友達が。今目の前に。
でも、嗚呼、なんということでしょう。トラビスは確かに狂気の男でした。
しかし、五島の真の狂気についていけるほどのステージには、立てていなかったのです。
五島の本当の姿を見たトラビスは、おびえてしまいます。今まで戦ったボクサーと同じように。俺はああなれない、俺はああなれない、と。
30年間待ち焦がれた友達、でも、それすらも『壊れるおもちゃ』に過ぎなかった。
トラビスを打ち倒し、五島は叫びます。うおおおお。うおおおお。
魂の咆哮。真の孤独を知る者の咆哮です。
そして彼は思うのです。
花がいい。生まれ変わるなら、花がいい……。
分かり合える、一緒に楽しく遊べる友達。
それさえ手に入れば良かったのに、強さがゆえにそれすら叶わない、孤独な男の物語を、荒々しいタッチで描いた傑作です。
全二巻構成なのですが、二巻から描かれる後藤対トラビスの戦いには、ただただ圧倒され、飲み込まれるばかり。解放されたトラビスの狂気が、更なる狂気によって飲み込まれてしまう。そして、最後の叫び……。
読んでいる時は熱い気持ちに、読み終わったら切ない気持ちになります。
美少女キャラが出てくる漫画も大概好きなんですけど、こういうガツンとくる作品をもっと読みたいなと、そう感じさせられました。
皆さんも是非どうぞ。と言ってもストーリー全部語っちゃったんですが、ストーリーだけじゃ語れませんよね。映画だろうが漫画だろうがアニメだろうが。それがどのような形で描かれているかが見どころなわけですから。
まだ読んでいない方は、是非この圧倒的なパワーを、そして切なさを感じてほしいと思います。
……なんだか、作品の魅力というより、ストーリーを語っちゃった気がします。反省。
次はもっと魅力を伝えられたらいいな、次回のホメカツをお楽しみに。
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